collabo-works怪談絵巻 8

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collabo-worksとは!?


「 夕暮れ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo




公園の石段を上がりきった所に砂場がある。
冬の夕暮れは儚い薄紅色に空を染め上げる。
一人の中年女性が買い物カゴを片手にやって来た。
石段を一歩上がったところで砂場に立っている猫に気がついた。
女はアッと小さく声を上げた。
「みいちゃん! みいちゃんじゃないの!」
駆け上がったとたん猫の姿は消えていた。
「あり得ない」と女はつぶやいた。
そもそも猫が30年近く生きるなんてあり得ないことだ。
子供達が女を取り囲んで無邪気にはやし立てた。
「やーい、猫ババア!」
「こら! なに言うの!」と右手を振り上げると、
子供達はワーッと声を上げながら逃げていった。

***

ユキコは20年前に35歳で結婚して女の子を一人産んだ。
花を愛する子供になって欲しくて「花子」と名付けた。
結婚した相手は10歳年上で大人しい男だったが、猫嫌いだった。
花子は生まれながら身体が弱く、5歳の秋に小児喘息を発病した。
その時、医者が言った。
「猫はね、喘息に一番良くないんだ。
本当は飼っちゃいけないんですがね」

それを聞いてからというもの、夫は事あるごとにユキコに辛くあたった。
「そんな老いぼれ猫、さっさと捨ててしまえ!」

独身時代に公園で死にかけていたのを拾って来て育てた猫だった。
亡くなった母の名前からみいちゃんと名付けた。
みいちゃんは人間ならもう70歳は越えていただろう。
辛いときも、哀しいときも、いつも側にいて自分を支えてくれた。
どうあっても見殺しには出来ないと思うものの、
苦しむ我が子を見ていると胸を掻きむしられるようだった。

ある晩、思い余ってみいちゃんを抱いて夜の公園へ行った。
砂場にみいちゃんを下ろして、
背中を撫でてやりながら何度もこう言い聞かせた。

「みいちゃん、許してね、花ちゃんのためなの」

砂場に落ちた涙の跡が夜目にもはっきりと見えた。
みいちゃんが油断したスキにユキコはその場を離れた。
階段を下りきった辺りで哀れな鳴き声を聞いたが、
そのまま耳をふさいで家まで逃げ帰った。
そして、それが最後だった。
翌朝、すぐに探し回ったがみいちゃんの姿はどこにもなかった。

その年の冬、激しい喘息の発作に襲われた花子は呆気なく亡くなった。
少ない身内だけの寂しい葬儀を済ませた後、
浴びるほど酒を飲んだ夫が、
「この、猫女!貴様のせいだ!」とユキコに罵声を浴びせた。
夫がユキコの前から姿を消したのはそれから間もなくのことだった。
早いものだ。あれからもう10年が過ぎようとしている。

***

次の日の夕方階段の下から見上げると、
砂場にみいちゃんの姿があった。
今度は間違いない。
「み~、み~ちゃん、待って!」
みいちゃんが先に立って走って行く。
やがて森の奥にある神社の階段を上った所でみいちゃんが振り返った。
ユキコは息を切らして駆け上がったのに、
みいちゃんの姿はどこにもないのだった。

その時、鳥居の陰から一人の女が逃げるように走り去った。
見れば鳥居の下に紙袋が捨ててあり、
中から猫の鳴き声が聞こえた。
急いで袋を開けて中を覗くと、産毛に包まれた二匹の子猫がいた。
ユキコは紙袋を抱きしめたまま大粒の涙を流した。

もう離さない……



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-01-24 01:18 | Collabo-Works
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