collabo-works怪談絵巻 12

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collabo-worksとは!?



「 父ちゃ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



その冬、父の痛風が急激に悪化した。
早朝から高い熱が出て身体に震えがやってくる。
息が苦しくなり体中に痛みが走った。
冷やしタオルも氷枕もあまり効き目がなかった。
昼過ぎになるとようやく熱が引いて、
午後から身体がだるくなり、うとうとと眠ってしまう。

夕食は7時前に食べる。
ベッドの上で手仕事をした後は、洗面器で顔を洗い、歯を磨く。
部屋の灯りを薄暗くして寝ようとするのだが眠れない。
真夜中頃、寝返りをうつと誰かいる。

部屋の隅にボーッと誰かが立っているのだ。

あっ、おまえ……

母が起こされたのはそのすぐ後だった。
「おい、おい、起きろ、定春が来た」
「はあ? 定春だてが?」
「おうとも、今、そこさいる」
「あんだ、何言うてんな? 」
「見れちゃ、そごさ立ってる」
「おっかねごど言うなっちゃ」
「いいさげ、電気つけてくれちゃ」

母が電気をつけると父は部屋の隅を指さしていた。
その震える指の先には何も見えなかった。

長男の定春は30年も前に出稼ぎ先の大阪で病死したのだ。
そんなことがあるはずもない。
父は、不自由な体をもどかしそうに揺らしながら大声で叫んだ。

サダハル~、サダハル~、サダハル~、

***

「父ちゃだば、気が狂うだよになってそ……」と言いながら、
母は急須の蓋をパチンと閉めた。
今は嫁いでいる娘が真剣な顔で聞き返した。
「兄ちゃ、帰って来たってか?」
「んだ」
「……」
「おらも父ちゃも、定春ごどは死にでぐれえ、悲しがったども、
寺の婆ちゃの言うたように、死んだ者は帰って来ねあんださげ、
あまり悲しまねえよにしてだども……」
娘は黙りこくって聞いていたが、やがてこう言った。

「母ちゃ……
兄ちゃ……最後に、あだしに、
こげな話したことがあるなや……」
「どげな話や?」
「うん……
自分、死ぬで分かってたんだと思うなや。
最後の冬休みに帰って来たときや、
あだしにこう言ったんさ……
おら、もしも親より先に死ぬごとになったら、
親死ぬ時は孝行しに戻ってくるさげ……て」
娘の話を聞きながら母は目を真っ赤にしていたが、
たまらなくなって手の甲で両目をぬぐった。

その時、柱時計が夜7時を知らせた。
奧の寝間で、父の笑う声がした。なにやら楽しげに独り言を言っている。

サダハル~、一等賞取ったでが?……偉がったの……
よし、うなに好きなもん買うてやるどするが……
行ぐか……

最後の言葉の意味に驚いて、顔を見合わせた母と娘は、
慌てて寝間に駆け込んだ。

父は静かに眠っていた……

苦痛に耐える度に深くなっていった眉間のしわが、
今ゆっくりと消えていこうとしていた。



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-12-03 21:22 | Collabo-Works
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