カテゴリ:Collabo-Works( 15 )

collabo-works怪談絵巻 14

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collabo-worksとは!?



「 命の川原 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



冷たい川風が吹き抜ける橋の下で、
男は傷ついた猫や仔猫を拾っては育てていた。
亡くなると柔らかな土手を掘っては泣きながら埋葬した。
そんな猫たちを見つめながらいつも思い出すことがあった。

***

……この世には 必ず姿を変えた菩薩がおられるのだぞ

夏の夕暮れ、日本海の入り日を望むオサキ山の断崖に立つ托鉢僧。
雑木林のてっぺんから降りそそいでいたヒグラシの鳴き声。
三十歳を過ぎたばかりの禅明寺の住職は、托鉢の後で手伝った子供たちにこう語りかけた。

「命あるものは 犬も、猫も、人も、 みな この世で辛酸をなめるなだども
それは 仏様の弟子になるための菩薩の修行だ
んだすけ ねらも 苦労だどは思うなや 
ありがでえごどだと思うなだぞ……」

(その時……住職の目には涙が光っていた……)

「ホウジョウ(方丈)様、ホウジョウ様 なしてそんげな話すんなや?」

「ねらに教えでおがねばならね、大事なごどだがらや……」

***

オサキ山でのことから一月も経たないある朝のこと。
村の婆ちゃたちが皆あわてふためいて禅明寺へと走って行った。

「母ちゃ なんか あったんか?」

母親が言った。

「あん、のオ……禅明寺のホウジョウ様が……夕(よ)べな……首吊って死んでしもうだど……めんじょけねのオ……」


***


猫たちが男の足元にまとわりついて来た。

「待でちゃ いま まんまやっさげ」

集めてきた生ゴミの中から食べられそうなところを選んで、
いくつかの猫茶碗に分け与えると、いつものように一匹また一匹と野良猫が集まって来た。

その時男は胸の真ん中あたりに鋭い痛みを感じた……瞬間、雷に打たれたようにオサキ山での住職の話の続きを思い出した。


……たとえ野山で 川原で
寂しくのたれ死ぬごどんなったとて 
なんも悲しむことはねえ
生きているうちに しで来たごどを 
ちゃんと仏様は見でおられるからだ
仏様はいづでもどこでも 
必ず救いにやって来る……

だんだん激しくなる痛みに耐えかねて、男は額に脂汗をかきながらうめき声を上げた。

***

橋の上でふと足を止めた一人の少女が、川原に集まった猫の群れに気づいた。
そして、群れの中でもがき苦しむ男の姿も……。
少女はジョギングしている大人たちを捕まえてこう呼びかけた。

「お願いですから……あの人を……助けてください
あの人は今まで……たくさんの猫の命を助けた人なの……」



                            marc&nagiwo



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by nagiwo | 2007-01-24 18:57 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 13

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collabo-worksとは!?



「 聖夜のあと 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



クリスマスの店先に並ぶ人形を見ると、あの男のことを思い出す。
亡くなった息子へのプレゼントを抱えて首吊り自殺をした、
あの男のことを……

***

買ってきたクリスマスケーキの包みを抱え直してから、
ホームの門をくぐると、仲間が血相変えて駆け寄って来た。

「アイダさ~ん、あんた、何処さ行っとった? サチさんが……」

サチが……死んだ……

身体全体から何かが一気に抜け出ていってしまうのを感じた。
思い出の写真がことごとく焼かれていくような感覚。

仲間と一緒に暗い廊下を走りながら、
サチの声を聞いたような気がした……

***

「今度のクリスマスは何をしようか?」とサチが言った。
「俺は、予定なんかないから……」と答えると、
「またあの娘に来てもらいましょうか?」とサチがニコニコしながら覗いた。
「うん、去年も、そう言えば喜んでくれたっけなあ……」
「何も特別なことはしないけど、あんなに喜んでくれたら嬉しい」

サチは昔から遠慮がちな女だった。
控えめで、絶対に自分から表に出ようとはしない。
夫が、刑事という世間離れした職業に就いていたせいかも知れない。
真夜中に呼び出されたら、どんな状況でも対応しなければならない。
言ってみれば、自分たちの生活などあって無いに等しかった。
それが、あの娘のことになると、
妻は我がことのように積極的に自分の意見を述べるのだった。


だが……その年のクリスマスは、とうとう娘は来なかった。
その代わり次の日、一通の手紙が届いた。

「……いつも招いて下さってありがとう。
でも、もう行きません。
同情や哀れみを受けるのがどんなに辛いことか
あなた方に理解できますか?
父は犯罪者でしたが、私には大切な父でした。
あなたが父を追い込んだのでしょう?
昨年、亡くなる前の母の口から聞きました。
あなたが、最後まで父を疑っていたという話を……」

そこまで読んで、男は手紙を置いた。
取り返しのつかないことをしてしまった。

***

葬儀はホームの一室で執り行われた。
息子が母親の顔を覗いて泣いている。
何年も会っていなかった息子の背中をじっと見つめた。
突然息子がくるっと振り向いてこう言った。

あんたが……殺したようなもんだ……

男はうなだれたまま何も言わなかった。
息子の言葉が胸にヤケ火箸のように突き刺さっていた。

母さんは、毎晩、どんな思いであんたのことを……

男はゆっくり立ち上がって、皆に一礼してからから、表に出た。
ホームの庭は夕方降った粉雪で真っ白である。
月明かりの雪景色はこの世のものとは思えなかった。
記憶の中に、あの晩見た男の子のステップ、フランス人形の顔、
旅館で見た男の遺体、アパートで初めて会った女など、
次から次へと蘇って来た。

自分も死のう……とぼんやり考えた。

するとその時、キュッ、キュッ、キュッと雪を踏みしめるような音が聞こえた。
音のする方向を確かめると、夜道を誰かがやって来る。
ハッ、ハッ、ハッ、と白い息を吐きながら小走りに近づいて来るその姿を見て、
男は全身に鳥肌が立つのを感じた。

おじさん……

「ホームのカエさんから連絡があったの。
おばさんが……亡くなったって?……ねえ?……おじさん
あたし……あたし……おばさんに、謝らなきゃ……」

娘はコートの中から、抱きかかえて来たものを出して見せた。

「おばさん……このフランス人形が大好きだったから……一緒にお別れに来たの」

それを見たとたんに、男はまるで土下座でもするかのようにひざまずいた。
今の今まで、ずっと堪えていたものが、止め処なく頬を伝い始めた。



                              marc&nagiwo


collabo-works怪談絵巻 7 「 聖夜 」
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by nagiwo | 2005-12-22 21:27 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 12

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collabo-worksとは!?



「 父ちゃ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



その冬、父の痛風が急激に悪化した。
早朝から高い熱が出て身体に震えがやってくる。
息が苦しくなり体中に痛みが走った。
冷やしタオルも氷枕もあまり効き目がなかった。
昼過ぎになるとようやく熱が引いて、
午後から身体がだるくなり、うとうとと眠ってしまう。

夕食は7時前に食べる。
ベッドの上で手仕事をした後は、洗面器で顔を洗い、歯を磨く。
部屋の灯りを薄暗くして寝ようとするのだが眠れない。
真夜中頃、寝返りをうつと誰かいる。

部屋の隅にボーッと誰かが立っているのだ。

あっ、おまえ……

母が起こされたのはそのすぐ後だった。
「おい、おい、起きろ、定春が来た」
「はあ? 定春だてが?」
「おうとも、今、そこさいる」
「あんだ、何言うてんな? 」
「見れちゃ、そごさ立ってる」
「おっかねごど言うなっちゃ」
「いいさげ、電気つけてくれちゃ」

母が電気をつけると父は部屋の隅を指さしていた。
その震える指の先には何も見えなかった。

長男の定春は30年も前に出稼ぎ先の大阪で病死したのだ。
そんなことがあるはずもない。
父は、不自由な体をもどかしそうに揺らしながら大声で叫んだ。

サダハル~、サダハル~、サダハル~、

***

「父ちゃだば、気が狂うだよになってそ……」と言いながら、
母は急須の蓋をパチンと閉めた。
今は嫁いでいる娘が真剣な顔で聞き返した。
「兄ちゃ、帰って来たってか?」
「んだ」
「……」
「おらも父ちゃも、定春ごどは死にでぐれえ、悲しがったども、
寺の婆ちゃの言うたように、死んだ者は帰って来ねあんださげ、
あまり悲しまねえよにしてだども……」
娘は黙りこくって聞いていたが、やがてこう言った。

「母ちゃ……
兄ちゃ……最後に、あだしに、
こげな話したことがあるなや……」
「どげな話や?」
「うん……
自分、死ぬで分かってたんだと思うなや。
最後の冬休みに帰って来たときや、
あだしにこう言ったんさ……
おら、もしも親より先に死ぬごとになったら、
親死ぬ時は孝行しに戻ってくるさげ……て」
娘の話を聞きながら母は目を真っ赤にしていたが、
たまらなくなって手の甲で両目をぬぐった。

その時、柱時計が夜7時を知らせた。
奧の寝間で、父の笑う声がした。なにやら楽しげに独り言を言っている。

サダハル~、一等賞取ったでが?……偉がったの……
よし、うなに好きなもん買うてやるどするが……
行ぐか……

最後の言葉の意味に驚いて、顔を見合わせた母と娘は、
慌てて寝間に駆け込んだ。

父は静かに眠っていた……

苦痛に耐える度に深くなっていった眉間のしわが、
今ゆっくりと消えていこうとしていた。



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-12-03 21:22 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 11

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collabo-worksとは!?



「 真実子 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



あたしが新聞記者を目指した理由はいくつかあるのですが、
亡くなった父のことが大きなきっかけだったと思います。

***

父は新聞記者でした。
事件が起きると何があっても真っ先に現場にとんで行くのです。
警察署長さんや警部さんたちとも親しくしていました。
眠いとか言っていたらいい記事が書けないからと、
どんなに疲れていても目をこすりながら出かけて行きました。
その晩は私の誕生日でした。
父は夕方少し早く帰って、小さなプレゼントを私にくれました。
「明日開けなさい」と父が言うので、我慢して机の上に飾りました。
小さな箱の中で、コトコト音がするのです。
なんだろう、開けてみたいという衝動に駆られました。

真夜中頃、家の電話が鳴り響きました。
最初は母が電話口に出ました。
「あ、部長さん、事件ですか? はいおりますので……」
すぐに父の声が聞こえました。
「そうですか? はい、すぐ現場に向かいます」
電話を切った後、廊下で父と母が交わす会話が聞こえました。
「いまから、行くの?」
「ああ、若いものには任せられないんだ」
「どうして、身体が疲れているのに、休めないの?」
「僕には、事件を取材する責任がある」
「たった一度読み捨てる新聞記事のために、命を削るなんて」
「たった一つの真実を伝えるために、だよ」
ガラガラと玄関から出て行く父の音がした。

目が冴えてそれっきり眠れなくなった。
明日は学級当番の日だ。眠らなくちゃいけない。
目の前の、銀紙にくるまれたプレゼントが目に入った。
青いリボンが結ばれている。
「なんで、明日じゃないといけないの?」
時計の音が頭の中まで響いてきた。
真夜中の2時だった。
やがて父が帰ってきた。
重い足取りで母と二言三言会話した後で、ベッドに横になるドスンという音が聞こえた。
父の声を聞いたら、安心してすぐに眠くなった。

翌朝、母の大きな声で目が覚めた。
「あなたーっ、起きてーっ、あなたーっ、嘘でしょーっ」
「母さん、どうしたの、母さん」
「真実子、来ちゃだめ、来ないで」
「……どうしたの、父さん、なにかあったの?」

***

その朝、父は起きて来なかった。
母が起こしに行くと、身体全部が冷たくて、布団をかけた姿のままで死んでいたという。
警察を呼んで調べが始まったが、その間中母が狂ったように泣き叫んでいた。
「どこに、あなたの真実があるの? ねえ、どこにあるの?」

***

あれから30年以上経って、私も結婚して子供が生まれた。
夫は普通のサラリーマン、平凡だけど幸せな家庭を築いている。
実家の母を訪ねると、いつも母は仏壇の前に座って考え事をしている。
「母さん、話があるの」
「なに?」
「あたし、あの晩、父さんとの約束を破ったの。ごめんなさい。あたしがプレゼントを開けてしまったから……だから……だから父さん、死んでしまったのよ、きっと、きっとそうだわ……」
「馬鹿ね、真実子、何を泣いているの? 父さんと一緒で、生真面目すぎるのよ、あなた」
私が父にもらった真っ赤なハート型のペンダントを胸元から引き出すと、母がハッと何かを思い出したような表情をした。

「そうだわ、あなたのそのペンダントに、あの朝写真を入れてあげるつもりだったみたいなの」
「え? 写真て?」
仏壇の引き出しをごそごそ捜していた母が急に明るい声を出して、
「あった、あった、これよ」とハート型に切り込んだ一枚の小さな写真を差し出した。

父と母が赤ん坊を抱いた写真だった。

「あなたよ、可愛かったのよ~、父さんね、みんなが待ち望む真実を、あなたがきっともたらしてくれるって、だから名前を、真実子っていう……」



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-07-31 22:17 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 10

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collabo-worksとは!?


「 ハル 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo




ハルは整形美容のパンフレットを閉じてため息をついた。
確かに特徴のない顔をしている。
それは自分が一番よく知っている。
眉間にしわを寄せて、悔しくて唇を噛んでいるうちに涙がこぼれた。
昼間仲間に言われた一言がハルの心を傷つけたのだ。

「おハル~、あんた、顔までささくれだってるよ~」
「うっせ~んだよ。おまえ、何様だよ」と啖呵を切ってしまった。
実は母親にまで悪態をつく自分が嫌になっている。
仲間はハルの啖呵に驚いて逃げるように出て行った。

その瞬間ハルは、やっぱり整形しようと思った。
整形すれば心に余裕が生まれてきっと優しくなれる。
そう思ったのだ。

帰宅すると、「お帰り、ハルちゃん」と母親が言った。
ハルは昼間のことを思い出してむしゃくしゃしていた。

「うっせ~な」

哀しい顔をする母親と目を合わせないようにして二階へ駆け上がった。

***

夢を見たのはその晩だった。
整形した自分の顔が突然崩れていく夢。
どろどろに顔が崩れて、しかもただれていく。
泣き叫んでも顔は元に戻らなくて、赤鬼のような顔になった。
ワンワン泣いていると、
亡くなったはずの父親が目の前に現れてこう諭した。

ハルや、ハルや、泣くんじゃない。
お前の心の中にあるものが顔に出ただけじゃないか。
まず自分の心を綺麗にしなければ、
いつまでたってもお前の顔は綺麗にならない。
今から言うことを約束しなさい。

「お父ちゃん……」と声をかけたところで目が覚めた。

何を約束したのかがどうしても思い出せなかった。

***

出勤する途中、お年寄りがホームで倒れた。
杖が投げ出されて起きあがれない。
見ているだけで誰も助けようとしないので、
ハルは駆け寄ってお年寄りを抱きかかえ、
「大丈夫ですか?」と声をかけた。

あれ?

今までの自分ならこんなことしようとも思わないのに。
なぜこんなことをしたのだろう?

その日は、泣いている迷子を派出所に連れて行ったり、
怪我をした野良猫を介抱してあげたりと忙しい一日だった。
ハルはそのたびに自分がしたことに驚いた。
そしてどんどん気持ちが軽くなって行くのがわかった。

帰宅して洗面所に立つと、自分の顔がいつもと違う。
目鼻立ちは今までと一緒なのに、
どことなく晴れやかな顔をしている。


笑顔が可愛い……
洗濯物をたたんでいた母親が手を休めてハルを見つめた。

「ハルちゃん、なにかあったの?」

声のする方を見てびっくりした。
母親の身体の輪郭がまぶしく光り輝いている。
一生懸命な母の生き方がそのまま現れているように見えた。
父が死んでからもう10年にもなる。
母は自分のためにどんなに苦労してきたことか。
旅行もせず、好きな趣味もあきらめ、着たい洋服も着ないで、
子供に辛い思いをさせないようにと一生懸命働いてきたのだ。
この母の、無償の愛に報いなくてなんのための人生だろう?

「ねえ、なにかあったの? ニコニコして」

「どうして?」

「だって……赤ちゃんときの顔してる。まるで……」

「え……?」

「初めてお父ちゃんに抱かれたときみたいな」



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-03-27 21:59 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 9

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collabo-worksとは!?


「 春の訪れ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo




男はしきりに右手を揉んでいた。

本堂の渡り廊下の端に真っ白な猫が寝ている。
近寄って、痺れる右手で背中を撫でてやると、
またあの切ない記憶が蘇って来た。

母の膝の上に抱かれて、
目の前の日溜まりにいる猫を見ている。
触りたいのだが怖くて手が出せない。
すると母が小さな右手を掴んで猫の方に近づける。
とたんに火がついたように泣き出す自分。

***

その母は、33歳の時敗血症で亡くなった。
3歳だった彼は通夜の間ずっと母の側にいた。
彼はその後父方の実家に引き取られ、
祖父母の手で育てられることになった。
父は大阪へ出稼ぎに出たまま帰らぬ人となった。

賽銭箱に硬貨を投げ入れた音で猫が目を覚ました。

53歳にもなるのに男は今だに母の面影を追っていた。
母は幼い自分の行く末を最後まで心配していたという。
しかしそのことは、妻にはなんの関係もない話だ。
些細なことが積み重なって妻との間にすれ違いが生じた。

「わたしは、あなたのお母さんじゃない。
あなたは、わたしを見ていない」

妻は最後にそう言い残して家を出て行った。
何度も振り返りながら手を引かれて行く娘の姿が哀れだった。

右手の痺れに気がついたのはその頃だった。
手が自分のものではないような違和感。
誰かにギュッと握られているような圧迫感。
病院で検査をしたが原因が分からないという。

叔母に勧められて「巫女聞き」に行くことにした。
巫女の口寄せを通して母の声を聞きたかった。

***

数珠をすり合わせながら巫女が最後の呪文を唱えた。

男は手を合わせて頭を垂れた。
すると急に巫女の声色が変わり、
「エ~イッ」と声を発してから男の方に向き直った。

「お母さんはあなたの手を引いている。
あなたの右手をずっと持ったまま彷徨っておられる。
あなたがいつまでも一人立ちしないから、
あの世の手前で彷徨い続けておられるのだ。
人はみな死後の世界へ転生して行くのだが、
すべては阿弥陀如来のお導きがあってのこと。
その阿弥陀さまのご加護を拒むとは、
並大抵の覚悟ではなかろう。
自分の身を捨てて、
我が子を慈しむは親の心なり。
あなたのことがいとしくて、
手を離せば泣いてしまうからと、
ずっとあなたの手を引いておられるのだ。
その母の心を思うても見よ」


男は巫女の顔を正視することが出来なかった。
身体を丸くして身を隠すようにしながら、
痺れる右手をさすった。
顔をそむけた男の口元が急に歪んだ。

泣いているのだった……

***

みすぼらしいアパートの前に男が立っていた。
見上げると空は青く澄み渡り、
庭の木々に可愛い蕾がついている。
男は、少しためらっていたが、
ようやく決心がついて目の前のドアを叩いた。
ドアが少しだけ開いて、
隙間から蕾のような顔が覗いた。
娘は久しぶりに見る父親の顔に目を輝かせ、
声を上げながら奥へ走って行った。


お母ちゃん
お父ちゃんや
お父ちゃんが迎えに来たわ



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-02-21 22:00 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 8

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collabo-worksとは!?


「 夕暮れ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo




公園の石段を上がりきった所に砂場がある。
冬の夕暮れは儚い薄紅色に空を染め上げる。
一人の中年女性が買い物カゴを片手にやって来た。
石段を一歩上がったところで砂場に立っている猫に気がついた。
女はアッと小さく声を上げた。
「みいちゃん! みいちゃんじゃないの!」
駆け上がったとたん猫の姿は消えていた。
「あり得ない」と女はつぶやいた。
そもそも猫が30年近く生きるなんてあり得ないことだ。
子供達が女を取り囲んで無邪気にはやし立てた。
「やーい、猫ババア!」
「こら! なに言うの!」と右手を振り上げると、
子供達はワーッと声を上げながら逃げていった。

***

ユキコは20年前に35歳で結婚して女の子を一人産んだ。
花を愛する子供になって欲しくて「花子」と名付けた。
結婚した相手は10歳年上で大人しい男だったが、猫嫌いだった。
花子は生まれながら身体が弱く、5歳の秋に小児喘息を発病した。
その時、医者が言った。
「猫はね、喘息に一番良くないんだ。
本当は飼っちゃいけないんですがね」

それを聞いてからというもの、夫は事あるごとにユキコに辛くあたった。
「そんな老いぼれ猫、さっさと捨ててしまえ!」

独身時代に公園で死にかけていたのを拾って来て育てた猫だった。
亡くなった母の名前からみいちゃんと名付けた。
みいちゃんは人間ならもう70歳は越えていただろう。
辛いときも、哀しいときも、いつも側にいて自分を支えてくれた。
どうあっても見殺しには出来ないと思うものの、
苦しむ我が子を見ていると胸を掻きむしられるようだった。

ある晩、思い余ってみいちゃんを抱いて夜の公園へ行った。
砂場にみいちゃんを下ろして、
背中を撫でてやりながら何度もこう言い聞かせた。

「みいちゃん、許してね、花ちゃんのためなの」

砂場に落ちた涙の跡が夜目にもはっきりと見えた。
みいちゃんが油断したスキにユキコはその場を離れた。
階段を下りきった辺りで哀れな鳴き声を聞いたが、
そのまま耳をふさいで家まで逃げ帰った。
そして、それが最後だった。
翌朝、すぐに探し回ったがみいちゃんの姿はどこにもなかった。

その年の冬、激しい喘息の発作に襲われた花子は呆気なく亡くなった。
少ない身内だけの寂しい葬儀を済ませた後、
浴びるほど酒を飲んだ夫が、
「この、猫女!貴様のせいだ!」とユキコに罵声を浴びせた。
夫がユキコの前から姿を消したのはそれから間もなくのことだった。
早いものだ。あれからもう10年が過ぎようとしている。

***

次の日の夕方階段の下から見上げると、
砂場にみいちゃんの姿があった。
今度は間違いない。
「み~、み~ちゃん、待って!」
みいちゃんが先に立って走って行く。
やがて森の奥にある神社の階段を上った所でみいちゃんが振り返った。
ユキコは息を切らして駆け上がったのに、
みいちゃんの姿はどこにもないのだった。

その時、鳥居の陰から一人の女が逃げるように走り去った。
見れば鳥居の下に紙袋が捨ててあり、
中から猫の鳴き声が聞こえた。
急いで袋を開けて中を覗くと、産毛に包まれた二匹の子猫がいた。
ユキコは紙袋を抱きしめたまま大粒の涙を流した。

もう離さない……



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2005-01-24 01:18 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 7

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collabo-worksとは!?


「 聖夜 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



「その人なら3,4日前に店に来とりましたわ」
と店番の女性が言った。
「人形を見てボーッとしとったです」
「何かほかに変わったことはなかったですか?」
「なんも……ただ……」
「ただ?」
「フランス人形見つけた時は泣いちょりましたね」
「フランス人形って?」
「そこそこ、そこに置いてあるでしょうが」
刑事は指さされたフランス人形を手に取って見た。
金髪が可愛くカールして透き通るような青い目をしていた。
人形など型枠にはめて作るのだからどれも同じはずだと思っていたが、
微妙な表情の違いがあることに気がついた。

***

これで男の足取りはすべてつかめた。
男が銀行の金に手をつけ始めたのは3年前、
女房が腎臓病を患ってからのことだった。
治療費や薬代もかさんでいたのだろう。
横領が発覚する5日前になって突然男は姿をくらました。
家族に行き先も告げずに、山陰の小さな温泉町へ逃げて来た。
明くる日、その店に立ち寄って二つ買い物をしている。
一つは大きめのフランス人形。
もう一つは小さな犬のぬいぐるみだった。
遺書には、「フランス人形を娘に」とあった。
刑事が最後まで腑に落ちなかったのは、
これから首をくくって死のうという人間が、
なぜ犬のぬいぐるみをポケットに忍ばせていたかということだった。
「ほかに貢いでいる女、いや共犯者がいたのではあるまいか?」
子供を産ませた弱みで金をゆすられていたのではないか?

***

夕闇が迫る頃にようやくそのアパートを探し当てた。
外階段が赤く錆びついたみすぼらしい感じのアパートだった。
いつのまにか空から白いものが落ちて来て、
北風がそれをまき散らし、そこらじゅうに白い渦が出来た。
そう言えば、今夜はクリスマスイブだ。
玄関のドアを叩くと、「はい」と中から返事があった。
警察手帳を見せてから、
「お焼香をさせてまらえますか?」と頼んだ。
女はちょっと躊躇した様子だったが、
小さく頷いて「どうぞ」と招き入れた。
病的だが美しい顔立ちの女だ。
仏間で焼香を済ませてから後ろを振り向いたとたん、仰天した。
(双子!)
……ではなかった。
女の子が例のフランス人形を膝の上に抱いていたのだ。
刑事は店先で男が泣いていた理由をその時初めて理解した。
買って来た菓子折を差し出しながら、
「奥さん、ひとつ聞きたいことがあるんですが」と切り出した。
女は真剣な顔をして刑事を見つめた。

「ご主人、亡くなる前にもう一つ人形を買っていたんですよ」
「なんのことですか?」
「捜査のこともあり今日まで私が預かっておりましたが……」
と大人の手のひらに乗る位の犬のぬいぐるみを差し出した。
それを見た女の目が、一瞬カッと見開かれた。
「これを胸のポケットにしまっておられたんですよ」
女はそれを左手のひらに乗せるなりぶるぶると唇を震わせた。
やはりほかに女でもいたのか……
真っ赤になった目から涙がポタポタと落ちて、
ワーッと獣のような声で泣き出した。



「寒いな……」

外に出たとたん刑事はコートの襟を立てた。
今夜は本格的な雪になるのかも知れないと思った。
今の今まで俺はいったい何をして来たのだろう。
刑事は心の底から自分の浅ましさを恥じた。
クリスマスの夜に早く帰って、
一度でも家族と共に過ごしたことがあっただろうか。
仕事だと言い訳しながら、本当は逃げていたのではなかったか?
男が最後に買ったそのぬいぐるみは、
亡くなった息子へのプレゼントだったのだ。
その子は犬が大好きで、2歳の時に白血病で死んでいた。

大きな綿雪がふわふわと降り始めた。
公園のライトアップの中にその男の子がいた。
プレゼントを抱えて嬉しそうにステップを踏んでいる。
刑事は手袋で涙をぬぐいながら近づいて、
「父さんから、もらったのかい?」と声をかけた。
すると男の子はつぶらな瞳で刑事を見つめてこう言った。
「おじちゃんはもらえなかったの?」
刑事は泣き笑いしながら夜空を見上げた。

「もらったさ、今夜」



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2004-12-08 20:08 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 6

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collabo-worksとは!?


「 命のぬくもり 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



お腹をさすりながら女は言った。
「これが神様の思し召しなら、産んで育てたいの」
それを聞いて、男は少し躊躇した。
子供が20歳になるまで、果たして生きていられるだろうか?と。
これは、その瞬間男が抱いた偽らざる感想だった。
「君の身体が心配なんだ」と男は少し目を伏せた。
「大丈夫よ。本当に強い子なら、ちゃんと生まれて来るから」

その後1週間あまりで女の体調は急に優れなくなった。
重い足取りで産婦人科に行くと、
流産するかも知れないと医師が言った。
50歳では高齢出産の許容範囲を超えているというのだ。
「様子を見ますが、恐らく今晩あたりから出血が始まるでしょう」

その夜、まるで計ったように出血が始まった。
男は車を走らせて女を産婦人科に運んだ。
熟練した看護師がテキパキと対応した。
「心配いらないよ・・・・・・今先生を呼ぶからね」

1時間もしないうちに、不運な命の固まりはゆっくりと母体を離れた。
病室のベッドに戻った後で、女は激しく咽び泣いた。


許して・・・・・・


男は震える女の肩をさすりながら、
「もう、いいから・・・・・・泣くな」と言った。
すると女は、真っ赤に泣き腫らした目でじっと見た。
唇が震えて思うように言葉を発することが出来ないでいた。

・・・・・・あの子を・・・・・・

二度も・・・・・・見殺しにしてしまった・・・・・・


謎めいたその言葉の意味を女から聞き終わったとたん、
男はベッドのへりにへたりこんでしまった。

11月21日。
生まれることの出来なかった子供の出産予定日は、
そのまま、亡くなった娘の誕生日だった。
男は自分の体中に鳥肌がたつのを感じた
震える手で胸ポケットから手帳を引っ張って、
いつも定期券の裏に入れているボロボロになった娘の遺書を取り出した。


【親よりも先立つ不幸をお許し下さい。
あたし、もう一度生まれ変われるんなら、
またお父さんの子供になろうかな・・・・・・】



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2004-11-15 00:54 | Collabo-Works

collabo-works怪談絵巻 5

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collabo-worksとは!?


「 人生の秋 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo



そこに生える植物にはみな魂が宿った。

雪が消える頃、温もった土の中から芽が出た。
芽はすくすくと伸びて茎の節目に葉が開いた。
梅雨の雨を十分に吸った後で、
待ちかねたように初夏の日差しを浴びる。
そして、小さなつぼみが生まれた。
つぼみは、少しずつ大きくなって、
先端がほころび、
やがて、美しい花を咲かせ、
体の中に次の種子を宿すのだった。

突然身体の一部に変化が現れた。
あれほど屈強だった茎が風に折れ曲がる。
綺麗な花びらは、跡形もなく飛び散って、
見るも無惨な姿をさらす。
身体から種子が落ちて、
無情の風に吹き飛ばされてしまう。
大声で我が子を呼ぶ声が、
枯れ野にこだまする。

悲しみをついばむかのように虫がとりつき、
虫のついた辺りが腐り始める。
悲しみの声を上げても天には届かない。

土下座したようになったものや、
天を仰いでいるもの。
半身を濁流に浮かべているもの。
悲しみにうち震える叫び声が、
天空の彼方へと吸い込まれて行く時、
やがて灰色の雲は空を覆い、
目も見えず、耳も聞こえないものたちを覆い隠す。
気まぐれな風が我が子を運んで来たことに気づかず、
その声も、姿も、確かめることが出来ないでいる。
降り積もる雪に埋もれたままで、夜毎に見る夢は、
叫びながら遠くへ飛ばされて行った我が子のことだった。


・・・・・・雪解けの季節となった。
足元に落ちた一粒の種子が真っ白な根を下ろした。
瑞々しい茎はすくすくと伸びて、
老いさらばえた茎に寄り添いながら、優しく語りかけた。

母さん・・・・・・

泣かないで・・・・・・

守ってあげる・・・・・・


すると老いた茎は風に揺れながら、
待ちかねたかのようにゆっくりとひざを折り曲げた。
両手をついて、頭を垂れ、
目に涙を浮かべながら朽ち果てて行くのだった。



                              marc&nagiwo



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by nagiwo | 2004-10-10 20:33 | Collabo-Works