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collabo-works怪談絵巻 9

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collabo-worksとは!?


「 春の訪れ 」
   Storyteller:marc ishiya
   Photograph:nagiwo




男はしきりに右手を揉んでいた。

本堂の渡り廊下の端に真っ白な猫が寝ている。
近寄って、痺れる右手で背中を撫でてやると、
またあの切ない記憶が蘇って来た。

母の膝の上に抱かれて、
目の前の日溜まりにいる猫を見ている。
触りたいのだが怖くて手が出せない。
すると母が小さな右手を掴んで猫の方に近づける。
とたんに火がついたように泣き出す自分。

***

その母は、33歳の時敗血症で亡くなった。
3歳だった彼は通夜の間ずっと母の側にいた。
彼はその後父方の実家に引き取られ、
祖父母の手で育てられることになった。
父は大阪へ出稼ぎに出たまま帰らぬ人となった。

賽銭箱に硬貨を投げ入れた音で猫が目を覚ました。

53歳にもなるのに男は今だに母の面影を追っていた。
母は幼い自分の行く末を最後まで心配していたという。
しかしそのことは、妻にはなんの関係もない話だ。
些細なことが積み重なって妻との間にすれ違いが生じた。

「わたしは、あなたのお母さんじゃない。
あなたは、わたしを見ていない」

妻は最後にそう言い残して家を出て行った。
何度も振り返りながら手を引かれて行く娘の姿が哀れだった。

右手の痺れに気がついたのはその頃だった。
手が自分のものではないような違和感。
誰かにギュッと握られているような圧迫感。
病院で検査をしたが原因が分からないという。

叔母に勧められて「巫女聞き」に行くことにした。
巫女の口寄せを通して母の声を聞きたかった。

***

数珠をすり合わせながら巫女が最後の呪文を唱えた。

男は手を合わせて頭を垂れた。
すると急に巫女の声色が変わり、
「エ~イッ」と声を発してから男の方に向き直った。

「お母さんはあなたの手を引いている。
あなたの右手をずっと持ったまま彷徨っておられる。
あなたがいつまでも一人立ちしないから、
あの世の手前で彷徨い続けておられるのだ。
人はみな死後の世界へ転生して行くのだが、
すべては阿弥陀如来のお導きがあってのこと。
その阿弥陀さまのご加護を拒むとは、
並大抵の覚悟ではなかろう。
自分の身を捨てて、
我が子を慈しむは親の心なり。
あなたのことがいとしくて、
手を離せば泣いてしまうからと、
ずっとあなたの手を引いておられるのだ。
その母の心を思うても見よ」


男は巫女の顔を正視することが出来なかった。
身体を丸くして身を隠すようにしながら、
痺れる右手をさすった。
顔をそむけた男の口元が急に歪んだ。

泣いているのだった……

***

みすぼらしいアパートの前に男が立っていた。
見上げると空は青く澄み渡り、
庭の木々に可愛い蕾がついている。
男は、少しためらっていたが、
ようやく決心がついて目の前のドアを叩いた。
ドアが少しだけ開いて、
隙間から蕾のような顔が覗いた。
娘は久しぶりに見る父親の顔に目を輝かせ、
声を上げながら奥へ走って行った。


お母ちゃん
お父ちゃんや
お父ちゃんが迎えに来たわ



                              marc&nagiwo



by nagiwo | 2005-02-21 22:00 | Collabo-Works
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